私の開業動機 見えなくても見えたもの

2020/03/18

(沖縄難病情報誌アンビシャス1月号掲載)

表紙は語る

『私の開業動機 見えなくても見えたもの』

岩間 竿水(いわま かんすい)さん
黄斑部変性症

 私は弱視。視覚障害者。白杖無しでも歩けます。走れます。買い物も出来ます。しゃべれます。ただの一般人です。でも、段差気付きません。階段見えません。信号も見えません。レジの金額見えません。商品の値札見えません。誰なのか判断つきません。やはり、ただの障害者でしょうか?
 私は黄斑部変性症で20代後半から視覚障害者となり両目の中心視野が欠けて行く疾患で、物を横目で見ている感じです。未だに、白杖姿や夜でもサングラス姿で、人目を気にしています。まだ障害と闘っています。
 私は「障害は個性」だとは思いません。個性なら支援制度は必要ありません。障害だから一人ではどうすることも出来なくなります。助けが必要です。中途半端な障害は理解してもらいにくいのです。
 目が悪いことで、イライラすることは多々あります。そこで、弱視の認知を広げていきたいのです。マスメディアが視聴率の取れる重度の障害者ばかり取り上げるので、私のような弱視は世間に知られていないのです。視覚障害者=全盲はマスメディアが作り出した固定観念です。理解しろとは言いません。かわいそうでも何でも知ってもらえたらOKなんです。
 所得は思うように稼げず、制度を使うにはお金を払い、時間を費やし、みんなと同じように過ごすのに時間もお金も更にかけなきゃ同じ環境での生活は難しいのです。
 私は神奈川の盲学校で鍼灸あん摩マッサージ指圧師免許の勉強をしていた頃、視覚障害者の給料の低さにショックを受けました。3年間の勉強の末、国家資格免許を取得しておきながら、20万円にも満たない求人が目立ちました。正直な気持ち、「あぁ、所詮障害者が働くとはこんなものか」と思い、「障害者は障害者らしく生きろ」と言われているように感じました。
 私の周りには、稼ぎたいと思っている人が多くいます。社会復帰がしたくて3年間の勉強を残った少ない視力で乗り切って免許を取っても、求人にガッカリしています。
 私たち視覚障害者は、職業を選ぶことが出来ません。みなさんはあれがしたい、これがしたい、こんな職業は嫌だ、やりたくない。など、選択肢が多いと思いますが、私たちは職業が限られるうえに、視覚障害で断られることは多いです。なのに、今も鍼灸マッサージ業界の学校を増やさない規制緩和を訴え続ける晴眼者などの団体。本当に職を脅かされています。
 そんな環境の中、実際に社会に出た私は、晴眼者の職場で強いストレスを感じました。訪問マッサージをしていた頃、各施設の患者さんやご家族や施設スタッフに対して、「弱視のためサングラス(遮光眼鏡)をかけていますが不審者ではありません、目の前で声をかけてもらえないと気付きません」と頭を何十回と下げて回りました。これを伝えないと、「無視された」と言われるため、必要なことではあります。
 これに加え、私が開業の気持ちが大きくなった出来事がありました。それは、各施術の終了時に施術報告書の記入がありました。私以外は晴眼者で構成されていたので、記入する欄は小さく全く見えませんでした。会社に「2行分使い大きな字で記入をしたい」と相談をすると、会社側からはこう言われました。「そんな字を大きく書いたら、読んだご家族がびっくりして、ふざけているのかと思われるから、少し記入欄を大きくしたからこれで書いて」と言われました。私には、ほぼ無意味でした。正直、会社は弱視であることを隠したいのだと思いました。ただ単純に、「弱視なので字を大きく書いていますのでご了承下さい。」と言えばいいだけと思っていましたが、そうではありませんでした。
 盲学校時代に知った給料の低さと職場での視力に対するストレスを強く感じ、私と同じ気持ちの弱視の人たちがいると思い、視覚障害者で構成した運営管理を行い、視力に対するストレスの無い環境で、かつ所得を稼げる職場を作りたいと強く思った事が開業の動機になりました。今回、沖縄での治療院開業は予想もしていませんでしたが。(笑)
 しかし、ここまでの経緯は、私の中で実に前向きな話で、視覚障害者になってからの人生の方が楽しく感じています。確かに、視力を失ってから出来なくなったことは多いのですが、それより、目が悪くなった後の出会いや自分自身の考えや周りの環境など、ほとんどが素晴らしい出会いになっていることです。
 その一つが、この職業です。いわゆるマッサージ業ですが、目が悪くなる前は、ダサい仕事だと思っていました。理由は特にないんですが。今思えば、どこかでこうなる事を気付いていたのかも知れませんね。
 しかし、現在では、今まで働いてきた中で1番感謝される、素晴らしい職業だと確信しています。この職業以外で「ありがとう」の言葉が響いた事はないです。心から喜んでもらえる時は何とも言えない気持ちになります。この職業に出会えて良かったと本当に思っています。
 何かのご縁で沖縄での開業となったのには必ず意味があると思います。今はまだ、店の事で日々不安と希望とが葛藤していますが、前向きに発展的に前進して、障害者でも所得を稼げると証明して、まずは周りの視覚障害者を引っ張り上げていきます。視覚障害者の触る能力、触察能力の高さは武器になります!
 この記事を通して、少しでも社会的弱者の支えや前向きな行動のきっかけになってくれたら非常に嬉しいです。
 目は前についとるぞ!見えないけどね!(笑)

語者プロフィール

岩間 竿水(いわま かんすい)さん
1984年神奈川県秦野市(はだのし)生まれ
2019年4月縁があり来沖、同年8月沖縄指圧すぽっと「かんちゃん」を開業
【挑戦したいこと】視覚障害になる前、趣味としていたスノーボードや空手の他、GT(ロウニンアジ)の大魚釣り!
【特技】笑わす事、ポジティブ変換能力
【最近の楽しみ】売り上げの良い日はプッチンプリンを食べる。
【好きな言葉】目は前についている